interview くつろぎの空間「志道」

「うまいものが好きですね」

素朴な笑みを浮かべて話すマスターの言葉に納得する。
小料理店「志道」には浜松の食材をふんだんに使用した料理がたくさんある。しかも美味しい。

着飾らない雰囲気が漂う店内。そのゆったりとした空気の中、両手を挙げて「うーん」と背伸びをしたくなる衝動に駆られるがぐっと我慢・・・、偶然合ったマスターの目が「我慢してなくも大丈夫ですよ」と言っているようで思わず吹き出してしまう。

「志道」にはくつろげる空間が広がっている。

くつろぎの空間 「志道」くつろぎの空間 「志道」

マスターの出身は栃木県那須町。浜松には全く縁もゆかりもなかったそうだ。
「なんで浜松にいるんでしょうね」とおどけて話すも「やっぱり縁ですね」と照れ笑う。
そもそも今料理をしていること自体、偶然が重なったものかも知れない。

ご両親が中華料理店を営んでいたが、料理の世界に入ることは全く考えていなかったそうだ。高校2年の終わり頃、漠然と将来のことが気になり始め、何の気なしに父親の紹介で、ある和食の店を見に行くことになった。「本当にいい加減な気分で行きました。努力しないで就職できるならラッキーみたいな・・・」

現実はもちろん違った。

朝5︓00から仕込みが始まり、仕事が終わるのが夜の11︓00。それが毎日続く。
「みんなの朝食を作るのが新入りの担当なのですが、毎日が試験です。自分で献立を考え、朝食を作りますが、そんなに時間を取れるわけがなく、もちろん、まずかったら文句を言われます(笑)」

「甘い気持ちはすぐに消えてなくなりました」

何度も何度も苦しいことがあり、本当に辞めようと思って先輩に伝えたことが2度あったが、結局辞めなかった。辞めなかった理由ははっきりしないが、今から思えば意地だったのかもしれない。何に対する意地だったのかは分からない。しかし、意地を重ねると強い意志に変わることがある。3年目に差し掛かるころ、いつの間にか「上を目指す」ようになった。

料理の世界は競争を強いられるという。うまくできない自分に何度も腹立ち、何度も失敗する。ただあきらめなかったからこそ、いつの間にか、自信がつき始めた。

「やっぱり親方が恰好良かったですね。親方が入ってくると皆『おはようございます』と言い、その中を颯爽と歩かれる。いい車に乗って、シャキッとされている。もちろん仕事には本当に厳しい方でしたが、決して見捨てたりはしない方でした」

今でも栃木に帰ると顔を見せに行くが、「ここにはお前の居場所はないから、浜松でやれ」と言われるそうだ。親方なりの応援だと思う。

くつろぎの空間 「志道」くつろぎの空間 「志道」

24歳の時、さらなる経験を積むために別の料亭に移り、料理長を経て、30歳で転機を迎える。浜松の有名なレストランから「和食を強化したい」という強い誘いがあり、親方同士の話し合いで浜松に行くことになったのだ。ちょうど2番目の子どもがおなかの中にいるときだった。
「妻が何も言わずに来てくれたことに感謝しています」

それから10年間、料理長として無心で努め、とことん料理を追求した。浜松での仕事が軌道に乗り、栃木に戻ろうと思っていた時に、たまたま応援してくれる方がおり、浜松に店を出すことになった。「いずれは店を持ちたいと思っていましたが、まさか浜松になるとは思いもしませんでした」とマスターは笑う。ただ、浜松は食材の宝庫だと言う。「魚介類も野菜も一級のものがあります」

料理が好きというよりは「うまいものが好き」というマスターは、お客様の「おいしい」という言葉に触れるのが最高の楽しみだそうだ。
「ありきたりかも知れませんが、でもやっぱり『おいしい』という一言は嬉しいですね」
言われるたびに料理をすることの楽しみが増す。

くつろぎの空間 「志道」

浜松・木戸町に創作和食のお店をオープンして4年目 マスター 平山 純一さん

店内を見渡すと○○産などと謳うメニューがない。
「○○産とか言うのは面倒なので」と笑うマスターを見ながら、居酒屋に関するエッセイを書く俳優、角野卓造氏の言葉を思い出す。「○○産とやたら謳うお店は腕に自信がないから書くんですよ」
ついでに、角野氏の言葉をもう一つご紹介。「よくお店で何を考えているんですかって聞かれますが、次に頼むものを真剣に考えているだけです」
「志道」でも同じ気分が味わえる。

せっかくなので、料理をする際に心掛けていることを聞いてみた。
「料理のことを云々するのはちょっとガラじゃありませんが、ただあえて言うならば、足し算ではなく、引き算ですね」
素材からでる灰汁を取ったり、余分な水分を飛ばしたり。へんにいじらない。素材を理解し、素材が持つうまみを引き出すことに力を注いでいる。

「和」の道を極めたマスターだが、メニューにはどちらかというと「洋」に属するものも見受けられる。料理の世界は割と横のつながりがあるそうで、見たり、聞いたりしながら、自分でアレンジするそうだ。
「一見、「洋」テイストのようなメニューでも、実は「和」のテイストが入っているんですよ」
ここにも「うまさ」へのこだわりがある。

ふと、丹羽宇一郎氏の言葉を思い出す。「一つの仕事を極めれば、だいたいの仕事のやり方というのはそう大きく間違えることないんです。スペシャリストこそ優秀なゼネラリストになれる(※1)」


一通りくつろいだ後に、今後の抱負を聞いてみた。
「無理してお店を広げたいとは思いません。自分の目が届く範囲でしっかりとやっていきたいと思っています。動けなくなったら、カウンターだけでやっていきたいですね」

まったりとした気分に包まれながら、店を出ることにした。

くつろぎの空間 「志道」

「和風バル 志道」

※1「人は仕事で磨かれる」 丹羽宇一郎著 発行所 株式会社文藝春秋

くつろぎの空間 「志道」

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